読書の今昔
子供の時分にやっとの思いで手にすることのできた雑誌は「日本の少年」であった。毎月一回これが東京から郵送されて田舎に着くころになると、郵便屋の声を聞くたびに玄関へ飛び出して行ったものである。甥の家では「文庫」と「少国民」をとっていたのでこれで当時の少青年雑誌は全部見られたようなものである。そうして夜は皆で集まって読んだものの話しくらをするのであった。
寺田寅彦「読書の今昔」の一節です。

私が「子供の時分にやっとの思いで手にすることのできた雑誌」といえば、これはもう誰が何と言おうと学研の「科学」と「学習」。
学研のおばちゃんが配達していた雑誌というイメージの方も多いのかもしれないけれど、私が小学校の低学年の頃は毎月、学校で直接雑誌を購入していた。
購入といっても、先生から直接手渡されるわけではなくて、外部の人(今思えば書店の方だったのかも)がやって来て、体育館前の敷地に雑誌をどさりと積み上げるのだ。
朝、校門をくぐった児童たちは、真っ先に体育館の前に駆けつけては、雑誌を手にしたお兄さんから「科学」なり「学習」なり、あるいは「科学」と「学習」の両方なりを受け取ると、嬉々とした表情で教室へと向かうのだ。
この時、雑誌の代金をどうしていたかの記憶はまったくない。引換券のようなものを渡していたような気がしないでもないので、このあたりはさすがに学校で何らかの管理をしていたのかもしれない。
手にした雑誌は絶対に学校で開いてはいけないという決まりがあったから、私はいつも雑誌をランドセルの中にギュッとしまいこむと、ひたすら学校が終わるのを待ちわびていた。
のどかな時代だった。
今ならきっと誰かが何かをいい出しそうな気がする。