食道楽 秋の巻
今の世の有様で見ると家庭の幸不幸は全く運任せです。男女ともお互に未知の人と結婚して運が好ければ幸福を享ける、運が悪ければ不幸を招く。運の外に何の頼みとする所はありません。それならば男女の交際法を開いてお互に選択させたらばどうかというのにこれもまた危険千万です。何となれば若い男女はまだ配偶たる人物を鑑別するだけの見識がありません。自分では鑑別し得る量見でもまだ社会の経験が足りないから到底確実な判断を下す事が出来ません。
村井弦斎の「食道楽」の一節です。
岩波文庫の解説によれば、この「食道楽」は
『和洋中華六百数十種の料理を盛り込んだこの「奇書」は、明治36年1月から1年間『報知新聞』に連載され熱狂的な人気を博し、単行本として刊行されるや空前の大ベストセラーとなった。』
とのことで、いわゆる新聞小説だったようです。
これでもかっ!
ってくらいの料理の話が延々と続く中に、ふいに井戸端会議じみた俗物的な会話が差し込まれるあたり、なかなか中毒性のある作品です。
でもって、その俗物的な会話が現代の常識とはかなり違っていて「これってもしや幻想小説なのか!?」と一瞬とまどってしまうほどです。
同じ国のお話だというのに、100年程のあいだに、社会情勢や常識ってものはずいぶんと変わるものですね。